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子どもと言葉と体験と

算数の文章題を読んで絵が描けない時、理由はいろいろあるのですが、その中のひとつに

「言葉の意味がわからない」

ということがあります。

「言葉の意味がわからない」も、具体的にみていくとさらに色々あります。

実は、面倒くさくて考えたくないから「わからない」と言ってるだけ、ということも多々あります。

そういう場合はさておき、本当に「言葉の意味がわからない」場合、

1)体験していない

2)体験はしているが、言葉とつながっていない

3)その子にとって抽象度が高くて、まだ消化できない

の3つが、よくある理由です。

例えば「同じ数ずつわける」という文章で考えてみます。

そもそも、兄弟や友達と、食べ物や石ころなどを何度もわける経験をしていない子は、口でいくら説明されても、目の前で実際にわける作業をしてみせられても、なかなかピンときません。

自分が主体的に関わって経験していない限り、瞬間的に納得できるようには、なかなかならないものです。

一方で、体験は何度もしているけれど、「同じ数ずつわける」という言葉とつながっていない場合。

こちらは、状況を説明されたり、目の前でこういうことだよ、と示されたりすると、「あぁ~!」と、一瞬でつながることもあります。

が、こちらの場合もやはり、体験とセットで言葉を意識する、ということを繰り返さないと、納得できないこともあります。

抽象度が高い言葉の場合は、特にその傾向が強いように感じます。

「ずつ」という言葉は、幼い子どもには抽象度が高い言葉なのですが、体験するたびに耳にしている子は、迷いなくすっと使えたりもします。

毎日の生活を、ゆっくり、丁寧に、言葉をそえながら、体験していく。

そういう何気ない時間が、子どもの学力のベースになっているものだなぁと感じます。

ここで一つ補足しておくと、子どもの成熟度合いには非常に大きな差がありますので(特に低学年)、わかならい言葉があることが問題なわけではありません。

抽象度の高い言葉は特に、心配しなくても機が熟せばわかる、ということもよくあります。

「わからない言葉」があると気づいた時、

その場でプリント片手にこんこんと教え込もうとするよりも、

日常にその体験と言葉を紛れ込ませる工夫をしたほうが、

ずっと効果的ですよ

というお話でした。


子どもの絵からわかること

どんぐりの文章題で子どもに絵を描いてもらうと、わかることがたくさんあります。

「文章題を解く」には、一見意味がないと思われる部分(登場人物や場面の書き込み等)からは

その子が今

ラブラブ 好きなもの
ラブラブ 興味のあるもの
ラブラブ 心の状態

「文章題を解く」ために必要な部分からは

その子が

はてなマーク どの言葉がわからないのか?
はてなマーク どの概念がわからないのか?

といったことが見えてきます。

どれもとても重要なのですが、今日は、「文章題を解く」ために必要な部分、についての話を書きますね。

子どもたちは、大人の想像以上に言葉をはっきり理解していません。

2~3歳になって、会話ができるようになると、子どもが質問してこないことはわかっているような気になってしまいますが、子どもたちはわからない言葉のすべてを確認しているわけではないのです。

「~につき」「~ずつ」「~円びき」「~とすると」などなど。

大人がさらっと読み飛ばしてしまうような言葉も、実は意味がわかっていないために、全体がわからず混乱する、ということはよくあります。

「はんぶん」「5分の4」「~倍」

といった概念も、はじめからさっと絵にできる子は多くありません。

学校で該当単元を習った後で、ですよ。

でも、式と答えだけを書く学習方法では、その子のひっかかりが見えてこないのです。

わかっていないのに○をもらい、ひっかかっていることに、本人も周囲の人間も気付けないことが往々にしてあります。

見えないことを改善するのは難しいものです。

だから、見えるようにするのです。

見えてしまえば、根本から対策できます。


小学生の計算スピードが速くなくていい理由

小学校で計算問題を解く時に、タイムを計る。

私たちが子どもの頃にはあまりなかった風景だと思うのですが、最近はかなり多くの学校で見られますね。

よくない傾向だと思います。

あまりに計算が遅い場合は、数のイメージができていない可能性があるので、もちろん対応が必要ですが、その場合、急がせてなんとかなるという問題ではなく、イメージが伴うように個別の手助けをするほうが有効です。

イメージを伴って普通のペースで計算ができている場合、タイムを意識させることはデメリットのほうが大きいと感じています。

デメリットその1
叫び 速いことがいいことだと思い込む⇒瞬間的に解けない問題を嫌がる。

計算は速く、考える問題ではじっくり、というのは一見理想的に思えるし、実際そのようにできるお子さんも皆無ではないのかもしれませんが、普通の子どもにとってはかなり難しい注文です。

どんぐり問題のような考える問題を前にすると、泣いたり怒ったりする子どもが多いのは、速く正解を出すことを、日々要求されていることと無関係とは思えません。

デメリットその2
叫びおっとりした子は、計算が遅いから自分は算数が苦手だと思い込む。

これもとても残念なことで、計算のやり方も分かっていて、スピードも心配するような状態ではないお子さんが、自分は算数が得意ではない、と言ったりするのです。

全員がどれだけ頑張っても、速度というのは明確にランクづけされてしまいます。

上位の子ども以外は、自分はイマイチなんだなと感じても不思議はありません。

不要な速さを求めたり、競わせたりするのは、算数嫌いを作る一因ではないでしょうか?

では、本当に速さは不要なの?という点ですが、不要です。

速さが必要だとしたら受験の時ですね。

入試で計算が遅いと不利ではないのか?というのが、親御さんが最も心配される点かと思います。

中学受験の問題には精通していませんし、中学受験をよいものとは思っていないので、ここでは、ほぼすべての子どもが通過する高校入試メインでお話します。

高校の入試問題は、計算の速度で合否が決まるような内容ではありません。

※どんぐり倶楽部方式だと、中学受験をする場合も受験のための勉強は基本的に6年夏からです。

計算の正確さは必要ですが、速さについては極端に遅くなければ充分です。

それに、小学生の時点で多少ゆっくりだとしても、中学生になってから一定期間訓練すれば、一気に速くなります。

計算などの基礎的な問題は受験期にはみなできるようになってきますし、そこではあまり差がつきません。

しいていえばケアレスミスを連発する子はマイナス方向に差がつきますが、慌てて解く習慣がケアレスミスを増やすことはあっても減らすことは少ないです。

一方、入試で差がつくのは文章問題や図形の複合問題などの考える問題ですが、そういった問題に取り組む姿勢は、簡単には身につきません。

計算部分で時間が稼げたとしても、残りの思考問題がお手上げ…な場合、どれだけ時間があっても意味がありません。

一見分からない問題を解きほぐしていくような、思考訓練こそが必要なのに、計算速度にこだわるのはどうしてなのでしょう。

後から短期間で身につけられること(計算速度UP)を強化するために、習得に時間がかかること(思考問題)を苦手にしてしまっては、本末転倒です。

ぜひご家庭では「ゆっくりでいいのよ~」と、お母さんが言ってあげてくださいね。

特に急がせることの悪影響が多きい小学校低学年のお子さんの場合、先生の価値観よりお母さんの価値観に強く影響を受けますから。


計算の工夫~子どもの側の準備

昨日の記事で、工夫して暗算することについて書きました。

こういうの↓

37+48= 

「48はあと2で50だから、37から2もらって48を50にして、37-2=35だから、50+35で85」

こういう考え方は便利だから、みっちり教えたらいいのでは?

と思いますか?

「計算の工夫」は学校でも習います。

それほど細かくいろんな練習することはないにしても、結合法則や分配法則を利用して、簡単に計算しよう!ということは教えてもらうわけです。

ただ、大抵の子どもは、その単元で「工夫して計算しなさい」と指示された時は工夫するものの、日常には活かさない、となりがちです。

一方で、自ら工夫しだす子どももいますし、「計算の工夫」を習った時に目となって、以降の計算で工夫しだす子もいないわけではありません。

では、その違いはどこにあるのでしょう?

それは、子どもの側に準備ができているか否か。

「筆算は正直ちょっと面倒だし、少しでも簡単に計算する方法はないものか?」という気持ちだったり

「計算が複雑だとミスしやすいんだよな。なんとかミスを減らしたいなぁ」という向上心だったり

「こういう考え方って、ちょっとおもしろいんじゃない?」とゲーム感覚で楽しむ好奇心や余裕だったり

理由はひとつではないけれど、子どもの側に、受け入れる余地があって初めて響くものです。

そうでない状態でこういうワザだけ教えても、「あぁ~、またなんか面倒なルールを覚えなきゃいけないの~」となって、単元が終わると忘れ去る、ということに…

比較的、響きやすいのは、小数や分数交じりの計算で苦労した末間違えた後なんかに、こういう方法もあるよ、と伝えること、なのですが、それでも、やっぱり聞きいれない子どももいれば、その時はキラキラした目で感動しても忘れてしまう子もいます。

かと思えば、こちらが忘れた頃に、そういう工夫に目覚める子もいたり。

細かい計算の工夫は、ひとつひとつ教え込むようなものではなく、本人の中で何かが目覚めない限り、伸びないものだと感じます。

それに、そういった工夫は、全員が全てできなければいけない!と眉間に青筋立てるほどの、算数・数学の本筋でもないので、そこに時間を費やすよりは、考える練習や、自尊心を育てることに時間をとったほうが全体として伸びる、と思うのでした。


筆算と暗算、どちらがいいの?

計算は算数・数学の一番大切なポイントではないけれど、計算しないと解けないのもまた事実。

では、計算する時は、 筆算がいいの?暗算がいいの? というお話。

どんぐり倶楽部は筆算派ですね。

どんな計算も十の補数(後いくつで10になる?)と九九さえわかっていれば、筆算で解けるのだから、やらなくてよい高速暗算練習などはかえって害になるから小学生にさせてはいけない。

もう少し深い意味づけもあるのですがそれはさておき、基本の考え方はそうです。

一方、算数力・数学力UPのためには、機械的な筆算だけしていては、数を体感することができないから、積極的に暗算をすべきである、という意見もあります。

迷いますよね。

lこれは、どちらもある意味正しいのです。

まず、暗算と一口に言っても、中身はさまざま。

ひたすらたくさん計算して答えが反射的に出るまで「数字で」丸暗記せよ、的な暗算はやめたほうがよいですす。

※10の補数と九九は別です。反射的に出るまで練習します。

頭の中で計算する、数のかたまりを意識して工夫する、といった暗算に限定してお話しますね。

筆算というのは、機械的な作業です。

正しい手順をふめば必ず正解がでます。

一方、暗算は?

こちらも、もちろん、正しく計算できれば正解が出るのですが、ワーキングメモリ(一時記憶)が要されます。

37+48=

といった計算で、

例えば、

30+40=70

の「70」を一時的に記憶にとどめておいて

7+8=15

の「15」と先ほど記憶した「70」をさらに足す、といった作業を頭の中でやるわけです。

これは、小学生、特に低学年の子どもにとっては「ちょっと大変」な場合があります。

だったら、このワーキングメモリの役割を紙にさせてしまえば(筆算)、つらくなく計算ができます。

無理に暗算する必要はありません。

 

また、筆算は「正しい手順でやれば」必ず正解する、

とはいえ、この「正しい手順」が身につくまでに、苦労する子どももいます。

まずは筆算を理解し、確実に使えるようにする。

どれだけ桁が大きくなっても正解が出せる方法をマスターしておくのは、大切なことです。

 

では、暗算は絶対ダメなのか?というと、そうともいえなくて、確かに工夫して暗算することは数の感覚を育てます。

自ら工夫して暗算する子どももいますね。

上の計算でいえば

「48はあと2で50だから、37から2もらって48を50にして、37-2=35だから、50+35で85」

としている子に、「暗算はダメだから筆算を書きなさい」というのも、ナンセンスだと思うのです。

余談ですが、こういう工夫を自分でする子は面倒くさがりに多い。

「面倒だから楽するために工夫する」というのは、理想的な思考練習で、こういう芽は潰してはいけません。

一方、「面倒だから楽する方法を教えて!」という、姿勢は、全く逆の思考停止状態なので、「教えません」ということも大切だと思います。

話を整理します。

 

「筆算」

誰でもできるようになるし、できないのは困るのできちんと身につけておく。

 

「暗算」

筆算ができた上で、できるようになれば、有力なツールだが

暗算ができなければ算数・数学ができないわけではないので、無理にさせる必要はなし。

子どもが自ら工夫して暗算を使っているのを止める必要もなし。

 

というのが、やまぼうしの考え方です。

 

 

暗算派で、計算間違いが多い場合は、筆算指導しますけどね…(;^_^A