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「オデッセイ」に想う学ぶ事の意味

映画「オデッセイ」、すごく良かったです。
知識と工夫、そしてユーモア。

全部揃うとうまれる、逆境でも諦めない力。

そんな力を持った仲間たちが力を合わせれば、奇跡のような事だって実現するかも?!
知識は、本来

人にひけらかすためでも

テストで人に勝つためでもなく

こういう風に、役にたてるためにあるんですよね。


どんぐり倶楽部に対するモヤモヤ

モヤモヤの原因をざっくり描くと…

inclusion

どんぐり倶楽部なり糸山先生は「子どものこと、教育のことはすべてわかっていて、全部どんぐり理論の中におさまっている」と、言っているように感じられるのですが、それに対する違和感。

私のイメージはというと「どんぐり理論は素晴らしいけれど、子どものことをすべて説明できるとも限らないし、みんながどんぐりを選ばなければいけないわけでもない」というもの。

どんぐり理論を学んで子育てをしても無駄な子もいる、という意味ではないので、そこは誤解してほしくないのですが。

これだけが真実という考え方には危険性を感じます。

理論そのものが正しい正しくないということを論じたいわけでありません。

唯一正しいと信じこむ事で見えなくなるものがあるのではないか?ということです。

糸山先生や断言するタイプの先生方の言葉の一部は演技だとも思っているので(本当に決めつけているわけではなく、決めつけたように表現することで責任を負うが、常に疑いの視点は残し検証を続ける)、それはそれでいいじゃない、と思う反面

糸山先生に惚れ込み、どんぐりを選んだ人たちが、なんだか「どんぐりは素晴らしい、他はダメ」という方向に流れていったり、周りから、そのように考えているのだろう、と思われてしまうのはもったいないなぁとも思うのです。

実際「どんぐりをやっていてすごくいいと思うのに、周りの人には言えない」という話もよく聞きます。

そりゃ~広まらないだろう、と思うわけです。

「○○だけがいい」と思う人が現れる現象はどの教育方法でも起こる事なので気にしなければいいことでもあるのですが、自分がどんぐりの教室をしている以上、ここではっきり自分の考えを書いておこうと思います。

どんぐり理論は素晴らしい

どんぐり理論をうまく実践できれば、子どもが幸せに生きる可能性が高まる

どんぐり式教育がもっともっと広まってほしい

けれども

どんぐり理論を意識的に実践しなければヒトがまともに育たないという話ではない

どんぐりの環境設定をフルコミットしない保護者はダメな人ということでもない

どんぐり以外で育てられた子は可哀想な存在とするのはおかしな偏見である

という考えのもと、どんぐりの教室を開いています。

準拠教室ではなく協力教室なのはそういう理由です。