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どんぐり理論と選択理論

選択理論をご存知でしょうか?

私もそれほど詳しいわけではなく、周囲にこの理論を学んでいる方が多い関係で、本や専門家のブログを読んでなんとなく知っているというレベルです。

そんなわけで、詳細は下記リンク等からご参照いただくとして。
選択理論とは

ものすごく大雑把な説明をしてみます(詳しい方、違ってたらご指摘ください)。

ベースにある考え方は

すべての行動は「自分が」選択している

ということです。

変えられるのは自分だけ、他人を強制的に変えることはできない。

と言うと、しつけや教育を全否定?と思えるかもしれませんが、強制的に変えることはできないから、別の方法で働きかけようということですね。

で、選択理論の世界では有名な渡辺奈都子さんのブログの下記記事を読んでいて、「あぁ~、どんぐりと一緒だ~」と思ったのでちょっとその辺りを書きます。

怒る<叱る<褒める???(5)


以前、褒めることで相手をコントロールしよう、という下心を持って褒めるのはよくない、といった話を書きましたね。

その話とも関わる内容の一連の記事で非常に共感したのですが、中でも記事の真ん中辺りに載っている「教えるための関わり」という図は、「ほんと、そうそう」と思えるものでした(上記リンクからご参照ください)。

やまぼうしの方針もそうですが、どんぐり倶楽部が提唱していることは、ほとんどがこのグラフの左部分(内的コントロール)にあたるのですね。

・見本を見せる

⇒ 子どもの前で、大人が楽しく、絵図を描いて問題を解く(実は盗み見OK)。

・質問する

⇒ 子どもがとんちんかんな絵を描いた時、間違いを直接なおすのではなく、質問形式で気づかせる。

・一緒にする

⇒ 子どもと一緒に解く。

・見守る

⇒ 子どもが悪戦苦闘している時、手取り足取り教えず、あたたかく見守る。

・待つ

⇒ 期が熟していない時は教え込まず、子どもを信じて待つ。

どんぐりもそうですが、モンテッソーリ教育にしても、シュタイナー教育にしても、私が共感できた部分というのは、この内的コントロールに関わる部分だったのだなぁと改めて感じました。

体罰は論外ですが、そこまでいかなくとも脅しや強制、批判で教えられることはすごく小さく、表面的なものだと思います。

教える側の意図と違うことばかりが伝わって(弱いものは力で押さえつければよいのだ、とかね)、本来指導したかったことについても、「この人の前でこういうことはしちゃいけないんだな」などと本質からずれた伝わり方をするものです。

根っこから人を変えたい、成長してもらいたい、なら、内的コントロール、なのですよ。


学習習慣よりも学習意欲

下記ふたつのブログ記事を読んでいて、「そういえば…」と思うところがあったので記事にしますね。

教育の問題?~就職難なのか人材不足なのか?~e-子育て.comのスタッフブログ

教育虐待 ~Gフォレスト新松戸校ブログ

小学生低学年から机に向かう習慣をつけるのが大切。

よく言われることですが、本当でしょうか?

一定の真実を含んでいるけれど、それだけ見てると痛い目にあう

というのが私の考えです。

確かに、まったく家で勉強などしたことのない子が、学年が進んで家庭学習をしないと困る状況に陥った時に、家で勉強をする、という部分から苦労するだろう、というのは想像できます。

では、小さいうちから、嫌々でもなんでも、机にむかってプリントをとく時間を設ければよいのでしょうか?

これも違うと思うのです。

だって、嫌々ですよ。

いくら習慣づいたところで、機会があればやめたいと思うのが人情ではないでしょうか。

だから、大学はいったら勉強しない、社会人になったら勉強しない、という人がどんどん増えてしまうのです。

しかも、嫌々やってることって、ものすごく身につきにくい、という点からしてもよくありませんよね。

「勉強嫌い~」と言う子どもたちが、ポケモンのキャラクターについては、誰に頼まれたわけでもないのに、あれほど熱く詳しく語れる理由は、「好きだから」ですよね。

好き、とか、やりたい、という意欲を潰さず育てることのほうが、ずっと大切だと思うのです。

学校の勉強をスタートした段階で「嫌だなぁ~」という気持があるのは、現在の学校教育上、ある意味仕方がないかもしれません。

でも、周りの大人は、ただひたすら「テスト(受験)のために」「嫌でもやれ」と強要するのではなく、「やってみたらおもしろかった」とか、「勉強って役にたつんだ」という気持を育てることに力を注いだほうが有益だと思うのです。

小さいうちは「楽しい」をメインにするほうが、妙な特権意識を持ったり、頭でっかちになることを防げるかもしれません。

子どもが机に向かっていたら安心、ではなく、むしろ、楽しく学べる環境整備ができていたら(あんまり机に向かってなくても)安心。

先の例で、大きくなってから突然机に向かうのは大変だろうと書きましたが、それでも本人に心からの意欲、○○になりたいなどの動機があれば、できるようになるでしょう。

逆に、机に向かう習慣だけがあったところで、全くやる気を失ってしまった子どもに学習させることは不可能です。

大抵の子どもはその中間にいるのでなんとなく見過ごされてしまうのですが、できるだけ意欲主体の学習に近づくよう、心がけたいものですね。